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江戸
正源寺に残る寛文9年銘
観音供養塔の銘が、現在の一丁目に江戸初期からの時間を伝えます。
Town story · 02
水辺に複数の町が生まれ、明治に物流の起点となり、震災復興と戦後の治水を経て現在へ。確認できた史実を一本の流れでたどります。
Before 1931
1873年の沽券地図には、深川永代町、福住町、松村町、井沢町、一色町などが記録されています。現代の町界を、そのまま昔へ重ねることはできません。
1873年 第六大区沽券地図
旧町名の多さを見せる史料。東京都公文書館の条件付利用。
Timeline
各時代の出来事を、現在に残る場所と結んで読みます。
江戸
観音供養塔の銘が、現在の一丁目に江戸初期からの時間を伝えます。
江戸
現在とは異なる位置に橋が創架され、深川側と江戸市中を結びました。
明治
深川永代町、福住町などの旧町名と地割が確認できます。
明治
渋沢栄一が屋敷を取得し、のちに澁澤倉庫部がこの地で始まりました。
震災復興・戦前
福住稲荷は震災後に復興。現永代橋が開通し、1931年には付近の町々を合わせ「永代」と命名されました。
調査中
永代町内の戦災範囲は未確認です。深川区全体の資料から町内被害を推定しません。
戦後
大島川水門の完成年度は資料を再確認中。1966年には現在の福島橋が架設されました。
現代
永代橋は国重要文化財となり、巽橋は2025年に架け替えられました。
Name origin
江東区によると、町名は永代橋にちなみます。橋名には、五代将軍綱吉の賀を祝った説と、古名「永代島」による説があります。