Quiet time · 04

焼失を越えて、
祈りは戻った。

永代一丁目の正源寺には江戸初期の時間が残り、二丁目の福住稲荷は関東大震災後に復興しました。町が受け継いだ祈りをたどります。

永代一丁目の正源寺の門と本堂
Photo: Beryllium Transistor / Wikimedia Commons・CC BY-SA 4.0

Shogen-ji · Eitai 1

正源寺

永代1-8-8。江東区文化財DBには、木造阿弥陀如来坐像と寛文9年在銘の観音供養塔が記録されています。

見せ方

文化財を「物」として並べるだけでなく、町の中に江戸初期からの時間が残ることを伝えます。

拝観、境内撮影、文化財の近接撮影、Web掲載可否は正源寺へ確認します。
永代の住宅街から見た正源寺の門前
写真正源寺と門前の街路。Photo: 先従隗始 / Wikimedia Commons・CC0

Temple grounds

町の中の寺院を、三つの視点で。

門前の街路、本堂、庫裏と客殿を分けて見せ、正源寺と現在の町の関係を伝えます。

正源寺の本堂
写真正源寺本堂。Photo: 先従隗始 / Wikimedia Commons・CC0
正源寺の庫裏と奥の客殿
写真正源寺の庫裏と客殿。Photo: 先従隗始 / Wikimedia Commons・CC0
住宅街にある小さな稲荷社を表現した生成イメージ
AI生成イメージ福住稲荷を想起させる構成。実在の福住稲荷の記録写真ではありません。

Fukuzumi Inari · Eitai 2

福住稲荷

近江屋喜左衛門屋敷の邸内祠を渋沢家、澁澤倉庫が引き継ぎました。関東大震災後、1930年に社殿を復興。石造鳥居には澁澤倉庫株式会社の刻銘があります。

翌1931年在銘の神狐像は、澁澤倉庫社員一同による奉納です。信仰と近代物流が同じ場所で重なります。