Water memory · 04

堀に囲まれた、材木の町。

1701年の整備で四方に土手が築かれ、縦横の堀と橋が町を形づくりました。失われた河岸を、道と橋から読みます。

木場橋から見た運河と街並み
木場橋から見た水辺と街並み

Engineered shore

材木は、水の上に置かれた。

深川木場町は、四方を堀に囲まれた造成地として記録されます。汽水の利便、延焼対策、水運——材木の町は水辺の設計そのものでした。

MOAT

土手と掘割

1701年の買い請け後、自費で土手と堀を整備。材木を浮かべて蓄えました。

RIVER

平野川・仙台堀

東は平野川、西は仙台堀川。町を縁取る水路として機能しました。

1641–1701

元木場

その前の木置場は佐賀・福住付近。1701年に現在の木場へ移ります。

Historic bridges

亀井橋、江島橋——名は残る。

文政町方書などによれば、深川木場町には亀井橋、江島橋などが架かれ、洲崎や扇町方面へつながっていました。現存・廃止年は区道橋一覧と照合中です。

橋の構造や架橋年を、一次資料なしに断定しません。

橋から見た堀と街並み
堀と橋——現在の水辺景観
江戸期の深川木場——堀に浮かぶ材木
1701年の造成を思わせる江戸期の深川木場

Lost waterway

油堀は、広い地域をつないだ。

江東区登録史跡「油堀跡」の所在地は木場3-19から佐賀2-1ほか。木場の水路史を読む補助線ですが、全体を木場町内の史跡とは表現しません。

現地では高速道路、公園、街路の連続を観察し、失われた水路を想像できる地点を地域監修後に選びます。

Edges of town

木場の水辺は、隣町へ渡る場所でもある。

仙台堀川では清澄橋が清澄と結び、平野川では東側の平野・牡丹方面へ続きます。材木は、この水辺網を使って届けられました。

SENDAIBORI

仙台堀川

西側の縁。清澄白河、清澄橋方面へ。現在も散策路として知られます。

HIRANO

平野川

東側の縁。平野、東陽方面へ。埋立後も地形の記憶として残ります。

PARK

木場公園大橋

南・中・北の3地区を結ぶ現代の橋。公園は町域をまたぎます。