大火と移転
寛永18年の大火後、木置場は延焼対策も含め深川(元木場)へ移りました。

Before the name
江戸の都市づくりを支えた材木は、水路で運ばれ、堀に浮かべて蓄えられました。汽水の状態が、乾燥と虫食いを防ぐといわれます。
寛永18年の大火後、木置場は延焼対策も含め深川(元木場)へ移りました。
深川築地町の払い下げ地を買い請け、土手と堀を整備。現在の木場公園周辺へ移転します。
木置場があった場所から、深川木場町(木場町)と唱えられるようになりました。
Chronology
日本橋・神田から深川へ移った木置場は、1699年に御用地となり、1701年に築地町の払い下げ地へ再移転しました。
15名の材木問屋が四方に土手を築き、縦横の堀と橋を設け、約九万坪の貯木場を造成したと伝えられます。
紀伊国屋文左衛門、奈良屋茂左衛門など豪商の逸話が残ります。筏師(川並)が材木を操る仕事が町の風景でした。
東京都公文書館の第六大区沽券地図に、深川木場町として記録されています。現丁目との対応は追加照合中です。
木材業者とともに貯木機能が新木場へ移転しました。「木場」の地名は、深川に残ります。
移転後の跡地などが整備され、都立木場公園が開園。角乗、大橋、植物園が地域の新しい顔となりました。
Boundary note
木場公園は平野・三好・東陽など広い区域にまたがります。公園の歴史は木場の物語と深く結びつきますが、公園=木場町全域とは表現しません。新木場も別の町です。
1701年以前の元木場(佐賀・福住付近)も、現木場町内の史跡とは混同しません。
