網打場
水辺での営みを示す語。具体的な位置と時期は追加調査中です。

大島川西支川の現在景(タカさん撮影)
From shore to town
江東区公式資料によれば、この地は河口の洲を江戸時代に埋め立て、網打場、石置場、材木置場などを経て町場へ発展しました。
水辺での営みを示す語。具体的な位置と時期は追加調査中です。
水運で届く重い物資と土地利用の関係を読みます。
日本橋付近から移った木置場が、佐賀・福住付近にありました。
Bridge trace
閻魔堂橋跡は江東区登録史跡で、所在地表示は福住1-12・15から深川1-3です。福住だけの史跡ではなく、現在の町境をまたぐ場所として紹介します。
現地案内板は、油堀に架けられた富岡橋が閻魔堂橋と呼ばれたこと、1910年に道路新設にともない廃橋となったことを伝えています。

MAP · 準備中
油堀跡と福住周辺
Lost waterway
江東区登録史跡「油堀跡」の所在地は木場3-19から佐賀2-1ほか。福住周辺の水路史を読む重要な補助線ですが、全体を福住町内の史跡とは表現しません。
現地では高速道路、公園、街路の連続を観察し、失われた水路を想像できる地点を地域確認とともに紹介していきます。
Five bridges
大島川西支川では四つの橋が佐賀と福住を結び、仙台堀川では清澄橋が清澄三丁目と福住二丁目を結びます。
佐賀一丁目と福住一丁目を結ぶ。緑橋は1929年架設で、現在架替工事中です。
佐賀二丁目と福住二丁目を結ぶ。元木橋は葛西橋通りに架かります。
仙台堀川を越え、清澄三丁目と福住二丁目を結びます。




緑橋の工事区域へは立ち入りません。工期と通行状況を確認して、安全を優先してください。