福住と佐賀の間を流れる大島川西支川

Water memory · 04

水辺は、道と橋に残る。

埋め立てられた洲、物を置いた河岸、失われた橋と現在も隣町を結ぶ橋。福住をつくった水辺を探します。

大島川西支川の現在景(タカさん撮影)

From shore to town

網、石、材木。水辺は、働く場所だった。

江東区公式資料によれば、この地は河口の洲を江戸時代に埋め立て、網打場、石置場、材木置場などを経て町場へ発展しました。

NET

網打場

水辺での営みを示す語。具体的な位置と時期は追加調査中です。

STONE

石置場

水運で届く重い物資と土地利用の関係を読みます。

1641–1701

元木場

日本橋付近から移った木置場が、佐賀・福住付近にありました。

Bridge trace

閻魔堂橋は、町境に痕跡を残す。

閻魔堂橋跡は江東区登録史跡で、所在地表示は福住1-12・15から深川1-3です。福住だけの史跡ではなく、現在の町境をまたぐ場所として紹介します。

現地案内板は、油堀に架けられた富岡橋が閻魔堂橋と呼ばれたこと、1910年に道路新設にともない廃橋となったことを伝えています。

江東区登録史跡 閻魔堂橋跡の案内板
江東区登録史跡「閻魔堂橋跡」の現地案内板(タカさん撮影)案内板には富岡橋との関係と廃橋の経緯が記されています。

Lost waterway

油堀は、広い地域をつないだ。

江東区登録史跡「油堀跡」の所在地は木場3-19から佐賀2-1ほか。福住周辺の水路史を読む重要な補助線ですが、全体を福住町内の史跡とは表現しません。

現地では高速道路、公園、街路の連続を観察し、失われた水路を想像できる地点を地域確認とともに紹介していきます。

Five bridges

福住の水辺は、隣町へ渡る場所でもある。

大島川西支川では四つの橋が佐賀と福住を結び、仙台堀川では清澄橋が清澄三丁目と福住二丁目を結びます。

WEST BRANCH

御船橋・緑橋

佐賀一丁目と福住一丁目を結ぶ。緑橋は1929年架設で、現在架替工事中です。

WEST BRANCH

松永橋・元木橋

佐賀二丁目と福住二丁目を結ぶ。元木橋は葛西橋通りに架かります。

SENDAIBORI

清澄橋

仙台堀川を越え、清澄三丁目と福住二丁目を結びます。

石柱と建物が並ぶ現在の福住の街路
水辺の記憶へ続く現在の福住の街路(タカさん撮影)
架替工事中の緑橋
架替工事中の緑橋(タカさん撮影)工事区域へは立ち入らず、安全な場所から撮影しています。
御船橋の親柱と大島川西支川
御船橋と大島川西支川(タカさん撮影)
首都高速道路の高架下にある閻魔堂橋跡の案内板
閻魔堂橋跡の案内板と現在の周辺景観(タカさん撮影)

緑橋の工事区域へは立ち入りません。工期と通行状況を確認して、安全を優先してください。