歌川広重が描いた江戸時代の亀戸天神境内

Story · 02

亀島から、亀戸へ。

海に浮かぶ島、陸続きの村、江戸の東はずれの行楽地、川に囲まれた下町。亀戸を一つの完成形ではなく、続いている時間として読みます。

Photo: 歌川広重『名所江戸百景・亀戸天神境内』/Wikimedia Commons

Name and land

「かめいど」と読む理由がある。

亀の形に似た島「亀島」、陸続き後の「亀村」、境内付近にあった名井「亀ヶ井」。これらが混ざり「亀井戸」と呼ばれ、やがて「井」が省略され現在の「亀戸」になったとする説が有力です。

KAMEJIMA

古称・亀島

亀戸香取神社社誌などに残る。島の形状に由来するという。

KAMEIDO

亀井戸から亀戸

名井と村名の混合説。読みは「かめいど」。

BOUNDARY

町域を混ぜない

大島、錦糸町、平井側の出来事を亀戸固有史へ移し替えません。

Chronology

前史から現代までの骨格。

前史

亀島と名井

海に囲まれた島と、亀ヶ井と呼ばれる名井。石器・古墳時代の遺跡もこの地に残るとされます。

江戸

東はずれの行楽地

亀戸天神の門前町として発展。幕府の銭座(銅銭鋳造)が置かれた記録もあります。

1662

亀戸天神社の造営

寛文二年、太宰府天満宮にならい社殿・回廊・心字池・太鼓橋が整備されました(亀戸天神社公式)。

近代

工業と商店街

明治通り、JR・東武亀戸線、工場地帯、駅前商店街。南部の時計工場跡地には1997年サンストリートが開設されました。

1980

工場跡から公園へ

日立製作所亀戸工場跡地に亀戸中央公園が開園(1980年6月1日)。地域の避難場所としても整備されています。

現在

花・水・駅前の町

亀戸一〜九丁目。天神の花、旧中川の水辺、亀戸・亀戸水神の二駅、にぎわう商店街が重なります。

Edo pleasure

江戸の人は、亀戸まで出かけた。

亀戸天神と臥龍梅、周辺の梅庭など、江戸時代には行楽地として知られたエリアでした。享保九年に吉宗が臥龍梅を見た記録も残ります。

臥龍梅の現存位置・所有関係は資料照合が必要です。推測で「今も同じ場所」と断定しません。

1914年、亀戸天神社太鼓橋で藤見物をする人々の歴史写真
Photo: Elstner Hilton(1914)藤見物・亀戸天神社太鼓橋/Wikimedia Commons