時計のポールと木製ベンチ、白い柵の砂場がある新大橋三丁目児童遊園 江東公園マップ投稿 2026.08.11|16:9

東京都江東区・新大橋 | 最終確認 2026.08.14

新大橋三丁目児童遊園

石の子どもと、時計のポールがある小さな遊び場。
約304㎡の児童遊園で、砂場と木陰が近所の時間を支える。

区立児童遊園 新大橋3丁目 303.60㎡ 昭和37年開園
開園 昭和37年3月22日 1962年・江東区公式
面積 303.60㎡ 近所で遊ぶ小さな園
所在地 新大橋3-18-1 江東区立児童遊園
最寄り 森下 徒歩圏(分数は現地確認)

PLAY·KNOW·REST

今日は、どんな公園時間にする?

遊ぶ石の子ども像、白い柵の砂場 知る新大橋のまちと、昭和37年の開園 過ごす時計のポール、木陰のベンチ

SHIN-OHASHI PLAY

新大橋のまち角に、
小さな遊び場がある。

江東区の公式施設案内では、新大橋三丁目児童遊園は昭和37年(1962年)3月22日開園、面積303.60㎡、所在地は新大橋3-18-1とある。大きな総合公園ではなく、近所の子どもが砂に手を入れ、木陰で立ち止まる「児童遊園」として、まちの遊び時間を担っている。

銀のポールの上の時計と、木陰の木製ベンチ
江東公園マップ投稿 2026.08.11|時計のポール。木陰にベンチが並ぶ。
元禄6年(1693)

新大橋が架けられた。両国橋の次に造られた大きな橋に由来する(江東区「地名由来」。園の開園より前のまちの話)。

江戸の絵と句

歌川広重「名所江戸百景」の「おおはしあたけの夕立」。芭蕉は「ありがたやいただいて踏む橋の霜」と詠んだと伝えられる(区公式)。

昭和9年

現在の町名「新大橋」となる(区公式)。

昭和37年3月22日

新大橋三丁目児童遊園として開園——このページの成立点(江東区公式)。

いま

約304㎡の児童遊園。2026年8月11日の実写真で、石の子ども像、白い柵の砂場、時計のポールを確認。

PLAYGROUND

岩の上に腰かけた、
石の子ども。

2026年8月11日の江東公園マップ写真では、灰色の自然石の上に、暗い石の子ども像が2体ある。1体はしゃがみ、1体は岩に寄りかかる。白い縦格子の柵で囲んだ砂場があり、園内には青いゾウの遊具とスプリング遊具も写っていた。対象年齢や利用ルールは、園内掲示で再確認してほしい。

  • 岩の上の子ども像(しゃがむ姿と、寄りかかる姿)
  • 白い柵の砂場
  • 青いゾウの遊具とスプリング遊具(実写真で確認)
灰色の岩の上に腰かけた、暗い石の子ども像
江東公園マップ投稿 2026.08.11|岩の上の子ども像。白い柵が後ろに続く。
時計のポールと木製ベンチ。手前は蔓の絡まる柵
時計のポール木陰のベンチのそばに立つ。
江東公園マップ投稿 2026.08.11
白い柵の前、岩の上の子ども像
石の子ども砂場の柵のそばにある。
江東公園マップ投稿 2026.08.11

遊具の現況・利用可否は変わり得る。来園前に現地掲示を見てほしい(2026年8月11日時点)。トイレの有無、開園時間は公式ページに詳細がなく、今回の実写真でも断定しない。第三者サイトの設備情報は、写真で裏付けが取れないため書かない。

本多静六先生の1 POINT。せいろく先生がこの公園を案内している

本多静六先生の 1 POINT

石の子どもを、見てごらん。

「岩の上に腰かけた子ども像を見てごらん。小さな児童遊園でも、砂場と木陰とベンチが近所の時間を支えている。」

※本多静六をモチーフにしたオリジナルキャラクターによる創作解説です。本人の史実上の発言ではありません。
木陰のベンチと時計のポール。蔓の緑が柵を覆う
江東公園マップ投稿 2026.08.11|木陰のベンチ。時計のポールが立つ。

FAMILY · NEIGHBORS

時計の下で、
立ち止まりやすい。

幼児向けには白い柵の砂場がある。木立が園を囲み、木製ベンチが並ぶ。時計のポールが園の時間を知らせる。トイレや防災指定は今回の写真では確認できない。

砂場白い縦格子の柵(実写真)
木陰ベンチのまわりに高木(実写真)
未確認トイレ・夜間利用は現地確認待ち

ACCESS

新大橋三丁目児童遊園へ

東京都江東区新大橋3-18-1(区立児童遊園)

  • 都営新宿線・都営大江戸線「森下」駅から徒歩圏(所要はルートにより異なるため現地確認)。
  • 地図ピンをよく見てから出発してほしい。
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